大判例

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福岡地方裁判所小倉支部 昭和41年(わ)305号・昭41年(わ)356号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕本件公訴事実の要旨は別紙のとおりであつて、検察官は被告人が医師の適法行為を利用して自ら麻薬を施用した旨間接正犯の法理を主張し、これにそう趣旨の下級審判例(昭四一・九・一三福岡高裁刑二判)を引用する。

なる程大審院においても医師の緊急状態に基く行為を利用して堕胎の目的をとげた事案につき間接正犯の成立を認めている(大一〇・五・七刑録二七集二五七頁)けれども、それは犯人が違法な堕胎手術を施した結果妊婦の生命を危険に陥し入れ、これにより医師が介入するに至つたというにすぎず、医師の行為がなかつたとしても犯人の正犯たることに何らの差異も来さなかつたであろうと考えられる事案であり、これを以て医師の適法行為を利用する間接正犯の先例と認め得るかどうかは極めて疑わしいのみならず、かえつてその後における判例(昭九・一一・二六大判刑集一三巻一五九八頁)は傍論としてではあるが適法行為を利用する間接正犯はそもそも成立しない旨明言しているのである。

従つて前記高裁判例は右大審院判例と直接にではないとしても抵触すると考えられるうえ、本件においては後記のとおりの疑問があるのでにわかにこれに賛同することができない。

まず本件において被告人が違反したとされる法規範を検討してみよう。起訴状に罰条として掲げられている麻薬取締法第二七条第一項は「麻薬施用者でなければ麻薬を施用し……てはならない」と規定しているが、同項第二号では「麻薬施用者から施用のため麻薬の交付を受けた者がその麻薬を施用する場合」はこの限りでないものとされており、これを同法第一条と対比すれば後者がジアセチルモルヒネなど毒性の極めて強い特殊の麻薬について所持施用等一切の行為を絶対的に禁止しているのに反し、前者にあつては医療に用いられる麻薬の施用が相対的に禁止されているにすぎないことが明らかであつて、それは恰も道路交通法により自動車の無免許運転が原則として禁止されていると同様、有益ではあるがその半面人の生命身体に危害を及ぼすおそれのあるかかる行為を、一定の資格ある者に限定して許すこととしているものと認められる。

従つて法は、もしかような一定の資格のない者がたとえば麻薬の施用を希望したり、或は自動車を運行したりする必要があるときは、その免許を受けている者に依嘱してこれをなすべきこと、換言すればかかる者を利用して始めてそれが許されるとしているものと解せられるのである。

そして免許がその技倆識見に信倚して与えられるものである以上自動車運転者が荷主から制限重量を超過した貨物の積載を命じられたり、医師たる麻薬施用者が患者から不必要な麻薬の施用を要求されたりした場合には、それが暴行脅迫などによつて意思の自由を制圧され、もしくは前記大審院判例の如く緊急やむを得ないような状態の下で行われたときでないかぎり、自らの判断に基いて不当な要求を拒否しなければならないこと当然であつて、その責任を他に転嫁することは許されないといわなければならない。

本件はまさにかような場合である。公訴事実の記載によつても明らかなとおり被告人は自ら単独で麻薬を施用したのではなく、麻薬施用者に依嘱して、その手で麻薬の注射を受けているのである。

これを前記法条に違反したものといえるであろうか。それはあまりにも法の拡張解釈に過ぎ民を網するとのそしりを免れないのではなかろうか。

さらに検察官は被告人が腹痛胃痛を仮装して医師を欺罔し、これを錯誤に陥らしめることにより、医師を道具として利用したと主張する。

しかしかりに被告人が病状を偽つたとしても、医師に対して何らかの強制手段が用いられたというわけではないから、医師はこれに対し自らの識見に基き適切な措置をとれば足り、またかくあるべきものと観念されているのであつて、たまたた医師の不明により被告人がその目的をとげるようなことがあつたとしても、それが詐欺罪にあたるか否かは格別無免許で自ら麻薬を施用したとすることはできない。もしかりにかかる行為を処罰する必要ありとすれば、それは立法を待つべきであつて、法なきところに法を作ることは裁判所の取るべき道ではあり得ない。

従つて当裁判所は第一次的に本件は罪とならないものと解するのであるが、検察官引用の前記高裁判例の趣旨に鑑みさらに本件の事実関係について検討することとする。

まず検察官は被告人が麻薬中毒者であり、その症状緩和の目的で医師を利用したと主張する。

精神衛生鑑定医宮元久男作成の鑑定書謄本及び同人の証言によると、被告人に禁断症状は認められないが、麻薬の慢性中毒者にみられる縮瞳吐気皮膚乾燥などが著明に存したといい、さらに被告人が窃盗など破廉恥行為を重ねたことを以て麻薬中毒としている如くであるが、被告人はその自認するように昭年四一年二月二一日出所まで約七カ月間拘禁されていたのであつて、その間麻薬に接する機会は全くなく出所後は同年四月一八日前記鑑定を受けるまで少なくも六回の麻薬施用を受けていたのであるから、縮瞳などはその結果と考えられ、また犯罪歴を見れば、被告人の窃盗癖は遙かに以前から始まつており麻薬施用とは関係がないと認められ麻薬取締法による強制入院の対象たり得るか否かの点は格別これのみを以てしては未だ被告人が本件行為時いわゆる麻薬中毒者であつたと認めるに足りない、

さらに検察官は被告人が殆ど病痛もないのに、麻薬を欲するのあまり激痛を訴えて医師を誤診させたと主張する。

たしかに鑑定人後藤政治作成の鑑定書によつてみても被告人の病患が甚だ重篤であるとは認められないからこれによる疼痛も或は極めて軽いのではないかと考えられないではない。しかし右鑑定も被告人が健康状態にあるといつているのではなく、卵巣嚢腫なる病巣の存在及びこれによる疼痛の可能性を否定していないのであり、被告人が昭和四〇年七月一〇日から同四一年二月二一日まで服役した麓刑務所医務課長小久保直義も、被告人が在監中毎月一、二度は腹痛を訴えて投薬を受けていたと述べているのである。もとより同刑務所では麻薬を施用しなかつたし、その希望も恐らくなかつたであろうにかかわらず、被告人が敢て腹痛を訴えていたことはそれが真実の病苦であつた故ではなかろうか。

さらにまた病患に基く痛苦は個人差があり、多分に精神状態の影響を受けるものであるから、その痛みの程度は容易に判定できるわけのものでもない。局外者が如何にこの程度の病なら痛みもこの程度だと言つたところで、患者の痛みの程度を真実知り得る筈もないのである。

そうして病苦を緩和することもまた重要な医療行為であるから、麻薬中毒の症状緩和だけの目的でなされるような場合以外たとえそれが病巣を直接除去する作用がないとしても対症療法として麻薬を施用することも当然許されることであつて、本件にあらわれた各医師の麻薬施用を責める理由は全くないし、また患者としても苦痛を耐え忍ばなければならない義務などはあり得ないから、迅速確実な治痛効果を欲求するのあまり医師に対してその症状を若干誇張したとしても人情の自然であるといわなければならないのであつて、これを以て精神的依存などと評するのは教養に乏しく恵まれない環境に置かれていた被告人に対してはむしろ非人間的というべきではあるまいか。

そうしてみると被告人が本件各医師に対して腹痛を訴えたことが偽りであつたとする捜査官に対する各自白調書も、その法廷における供述に照らしにわかに信用できないのであつて或は同種前科を重ねている被告人に対する先入主の産物ではないかとも考えられるのであり、他に被告人の犯意を確認できるような証拠もないのである。従つて本件については結局罪の証明がないものといわなければならない。(富川秀秋)

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